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東京地方裁判所 平成5年(ヲ)2058号 決定

主文

一  相手方丁原株式会社は、別紙物件目録一記載の建物を収去せよ。

二  相手方丁原株式会社は、本決定送達後七日以内に、別紙物件目録三記載の土地から退去せよ。

三  相手方丙川春夫及び相手方戊田夏夫は、買受人が代金を納付するまでの間、別紙物件目録二及び四記載の土地並びに別紙物件目録五及び六記載の建物について、賃借権を設定し、原状を変更し、占有を移転し、または占有名義を変更してはならない。

四  執行官は、買受人が代金を納付するまでの間、相手方らが主文第一項から第三項までの命令を受けていることを、公示しなければならない。

理由

一  申立ての内容

本件は、売却のための保全処分として、主文記載の命令を求める事件である。

二  記録により認められる事実

記録によれば、以下の事実が疎明される。

(1) 申立人は、平成三年三月一八日株式会社甲田特急便に対して、六億五〇〇〇万円を貸し付け、相手方丙川春夫は、その連帯保証人となり、また、その所有の別紙物件目録二、四、五及び六記載の不動産(抵当土地建物)に抵当権を設定した。

(2) 甲田特急便は、平成四年四月二八日に償還するべき債務の支払いを怠り、期限の利益を喪失した。

(3) その後申立人は、相手方丙川春夫と債務の返済交渉をしていたが、申立人が平成四年八月一三日抵当土地建物の状況を調査に赴いたところ、それまで吹抜けの車庫があつたものが取り壊され、その跡地である別紙物件目録三の土地上に、別紙物件目録一記載の簡易な構造の建物(簡易建物という)が建てられていることを発見した。

(4) 申立人は、平成四年八月一五日抵当土地建物について、当庁に抵当権実行としての競売の申立をし、同月一九日競売開始決定と差押えの登記がなされた。

(5) 簡易建物は、平成四年七月二八日相手方丁原株式会社の所有として表示登記がなされている。そして、その登記簿には、昭和六三年一〇月一五日新築、平成四年七月一一日増築と記載されている。しかし、昭和六三年一〇月一五日当時はもとより、平成四年六月一五日当時も、簡易建物が建築された場所には、吹抜けの車庫があつたのみで、建物は存在しなかつた。

(6) 相手方丁原株式会社の代表者である相手方戊田夏夫は、現況調査を担当した執行官に対し、簡易建物の敷地部分約四五坪についての昭和六三年八月一日付の土地賃貸借契約書を提示したが、申立人が平成三年三月に抵当土地建物を担保として、抵当権の設定をうけたとき、所有者の丙川からそのような賃貸借の報告はなく、また、平成四年五月以降相手方戊田は、相手方丙川のため、申立人との返済交渉を担当していたが、その際、上記の賃貸借契約の存在を主張しなかつた。

(7) 甲田特急便の社屋は、現在右翼に占領されているが、その場所に、管理者として相手方戊田の名が表示されている。

(8) 簡易建物の内部は、平成四年一一月一九日現在でも空き家同然で、会社事務所としては使用されていない。

(9) 相手方丁原株式会社の本店所在地には、事務所がなく、電話も存在せず、社員もいない様子である。

(10) 申立人が、相手方丙川、同戊田に対して、簡易建物を追加担保として、抵当権を設定するように申し入れたが、相手方戊田は、金をかけたのだから、ただでは出ていかないと述べて拒否している。

三  当裁判所の判断

(1) 保全処分の相手方について

以上認定の事実によれば、相手方丁原株式会社は、所有者の関与のもとに、執行妨害目的で抵当土地である別紙物件目録三記載の土地に簡易建物を建築し、これを占有しているものと認められる。

このように所有者の関与のもとに、執行妨害目的で抵当土地に建物を建築するなどしている相手方丁原株式会社及びその代表者の戊田は、売却のための保全処分の関係では所有者の占有補助者と同視され、保全処分の相手方になるというべきである。

(2) 著しく価格を減少する行為について

また、執行妨害を目的とし、相手方丁原株式会社が抵当土地に簡易建物を建築して占有することにより、買受希望者は入札を躊躇し、正常な競争入札が事実上制限されることにより、競売土地建物の売却価額が著しく減少することは明らかである。

(3) 建物収去命令等について

そして、競売土地上に執行妨害を目的として建築された建物があり、また競売土地を執行妨害を目的とする者が占有している場合には、建物を収去させ、土地から退去させなければ、競売につき買受け希望者を集めることはできず、公正な競売を実現することができない。したがつて、民事執行法五五条一項の処分として、建物の収去及び土地からの退去を命じなければならない。

また、上記認定事実によれば、相手方丙川、同戊田が競売土地建物について、さらに貸借権を設定し、原状を変更し、占有を移転し、または占有名義を変更するおそれがあり、これを禁止する必要もある。

(3) 建物収去命令等の公示について

当裁判所は、このような公示を命じることは適法で、かつ必要なものと認める。その理由は次のとおりである。

民事保全法上の仮処分については、不作為を命じる仮処分とともにその公示を執行官に命じることは、法的には必要がなく、必要のないことを命じることは許されないと解されるのが通常であろう。

つまり、民事保全法上の仮処分において、公示を命じることは通常は許されないと解されているが、それは、法的には必要のないことだからにすぎない。逆にいえば、法的な必要性が認められれば、公示を命じることも許されるのである。

本件は、民事保全法上の仮処分ではなくて、民事執行法上の保全処分である。

民事執行法上の売却のための保全処分においては、第三者に対してこれを発令することができるのは、法律の認める特定の場合に限られる。したがつて、建物の収去命令などがなされた後に第三者がその建物を譲り受けた場合、その第三者が保全処分の存在を知つていたか否かは、その第三者に対して保全処分を命じることができるか否かの判断においてきわめて重要な意味を有することになる。よつて、公示を命じる法的な必要性を認めるべきである。

(裁判官 浅生重機)

《当事者》

申立人 甲野クレジット株式会社

右代表者代表取締役 乙山太郎

申立人代理人弁護士 鬼束忠則 同 水野彰子

相手方 丙川春夫 〈ほか二名〉

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